奈良県御所市に、新たに古い一戸建てを借りました。
この建物を、アトリエ兼オフィスとして使うためです。
これまでの作業環境が手狭になってきたこと、そして制作が続いた際に、そのまま寝泊まりできる環境が必要になったことが、今回アトリエを新設する直接的な理由です。
制作という仕事は、時間で区切れるものではありません。
集中が続けば夜を越えることもあり、翌朝すぐに続きを始めたい日もあります。そうした働き方を前提にすると、神戸~奈良間の移動せずに休める場所があるかどうかは、作業効率だけでなく精神的な余裕にも直結します。
さらに、このアトリエは自分ひとりの作業場ではなく、レジンテーブル制作体験ワークショップや打ち合わせなど、人を迎える場所としても使う予定です。必要に応じてゲストが泊まる可能性もあります。
そこで、どうしても無視できなかったのがゴキブリ対策でした。
正直に言うと、僕はゴキブリが大の苦手です。
見るのも嫌ですし「出るかもしれない」と思いながら眠ることはできません。殺虫剤のパッケージのイラストも触りたくないくらい。
ましてや、お客様を迎える場所であればなおさらです。だから今回のリノベーションでは、後から対策を追加するのではなく、最初からゴキブリが住みにくい環境を前提に設計することを計画の軸に据えました。
ゴキブリ対策は「駆除」ではなく「環境設計」で考える
殺虫剤や忌避剤を主役にしない理由
一般的なゴキブリ対策は、殺虫剤や忌避剤に依存しがちです。しかしこれらは、空間そのものを変えるものではありません。あくまで「発生した個体への対処」に過ぎず、根本原因には手を付けていないケースがほとんどです。
殺虫剤は即効性がありますが、定期的な使用が前提となり、使用タイミングや、なにより死骸処理といった負担が残ります。忌避剤も同様で、揮発や慣れによって効果が薄れるため、継続的な管理が必要です。アトリエ兼オフィス、かつ寝泊まりや来客を想定した空間では、この「管理し続ける前提」が大きなストレスになります。
今回のリノベーションでは、これらの方法を補助としては否定しませんが、主役にはしません。対策の中心に据えるのは、空間そのものの条件を変えることです。
ゴキブリが好む環境条件を構造的に分解する
ゴキブリが発生する家には、共通した環境条件があります。それは個体差ではなく、空間側の問題です。具体的には、湿気が多い、暗くて狭い、人の気配が少ない、床や壁に連続した隙間があるといった条件が重なっています。

畳下の構造や湿気の状態を確認しながら、無垢フローリング化や環境改善を検討していきます。
重要なのは、これらが「感覚的な話」ではなく、構造的に再現されてしまう条件だという点です。例えば、床材の下に湿気が溜まりやすい構造、壁際に連続した隙間が生じやすい施工、明暗差を強調する照明計画などは、意図せずゴキブリにとって快適な環境をつくってしまいます。
今回のリノベーションでは、これらの条件を床・壁・光・空気の4要素に分解し、それぞれを設計で潰す方針を取っています。
無垢フローリングを主軸に据えた理由
無垢フローリングが持つ環境調整機能
無垢フローリングを採用する最大の理由は、意匠性ではありません。
注目しているのは、無垢材が持つ環境調整機能です。無垢材は湿度の変化を緩やかにし、空間を安定させます。湿度が高すぎる状態も、乾燥しすぎる状態も起こりにくくなります。

写真のような結露は、木材の「狂い」を引き起こす環境サインの一つ。
エコロキアでは、湿度変化に強い無垢材の選定と、適切な乾燥処理を徹底しています。
ゴキブリを含む多くの害虫は、高湿度環境を好みます。
特に床付近に湿気が溜まる構造は、発生リスクを高めます。無垢フローリングは、床材そのものが空気と関係を持つため、床下環境と連動しやすく、結果として床上の環境も安定します。
合板フローリングとの構造的な違い
合板フローリングやクッションフロアは、表面性能に優れていますが、構造的には弱点があります。下地との間に湿気が溜まりやすく、静電気によってホコリが集まりやすい点です。これらはゴキブリにとって好条件です。
一方、無垢フローリングは床下の状態が床上に反映されやすい素材です。床下の防湿や換気とセットで考えることで、床全体が安定します。床材単体で考えるのではなく、床下から床上までを一体で設計できるかが重要です。
無垢フローリング
- 調湿性があり、床表面がベタつきにくい
- 静電気が起きにくく、ホコリや皮脂が溜まりにくい
- 表面が呼吸するため、カビ・微生物が育ちにくい
- オイル仕上げにより、酸性汚れが定着しにくい
- 目地が安定すれば、隠れ場所になりにくい
- 巾木・際の処理を丁寧にすれば、走路を断ちやすい
- ワックス不要のため、虫の餌になる膜を作らない
- 床下環境(乾燥・アルカリ)の影響を受けやすく、上下で環境設計が成立する
- 掃除後の状態が長く保たれ、再び寄ってくる理由が少ない
合板フローリング
- 調湿性がほぼなく、湿気が表面や下地に溜まりやすい
- 静電気が起きやすく、ホコリ・皮脂を吸着しやすい
- 表面が化粧シートのため、汚れが膜状に残りやすい
- ワックス・洗剤が残りやすく、虫の餌場になりやすい
- 下地との間に湿気がこもり、カビ・微生物が育ちやすい
- 板同士の際が走路になりやすい
- 剥がれ・浮きが出ると、格好の隠れ場所になる
- 床下環境の影響を受けにくく、環境設計が分断される
- 一度虫が定着すると、清掃だけで改善しにくい
樹種・幅・構成で決まる「隙間を生まない床」
樹種選びは香りより寸法安定性を優先する
ゴキブリ対策として香りの強い樹種が語られることがありますが、今回の計画では香りを主軸にしていません。理由は単純で、香りは揮発する一方、隙間は残るからです。
重要なのは、長期的に寸法変化が少なく、隙間が生じにくい樹種を選ぶことです。そのため、基準として居住エリアにはオーク、アトリエエリアにはアピトンを選び、侵入リスクの高い玄関や境界部のみヒバを部分的に使用します。全面ヒバにする必要はありません。
フローリング幅と目地の本数という考え方
床の防虫性は、板の幅ではなく目地の本数で決まります。幅が狭ければ目地は増え、幅が広ければ動きが大きくなります。古家リノベーションでは、このバランスが重要です。
今回の計画では、90〜120mm幅を基準にしています。この範囲であれば、目地の本数を抑えつつ、季節変化による隙間も管理しやすいからです。
張り方と巾木処理が対策の成否を分ける
ゴキブリは床の中央を移動しない
ゴキブリは床の中央を歩かず、必ず壁際や柱際といった「ライン」を移動します。つまり、床材そのものよりも、床と壁の取り合い部分の処理が重要です。
巾木を設け、その上下を連続してコーキングすることで、このラインを断ち切ります。これは意匠のためではなく、移動経路を消すための処理です。

今後は無垢フローリングへの張り替えを前提に、アトリエ兼オフィスとして再構成していきます。
見えない場所ほど同じ精度で仕上げる
冷蔵庫裏や家具裏など、見えない場所は施工精度が落ちやすい部分です。しかしゴキブリにとっては、そこが最も安全な居場所になります。見える場所と同じ精度で処理しなければ意味がありません。
壁をアルカリ化するという環境設計
消石灰・漆喰がゴキブリ対策として成立する理由
壁をアルカリ化するという発想は、一般的なゴキブリ対策としてはあまり語られません。
しかし、環境設計という観点では極めて理にかなっています。ゴキブリを含む多くの害虫は、弱酸性〜中性で湿度が高い環境を好みます。これは皮脂、カビ、微生物が存在しやすい環境であり、餌や隠れ場所が成立しやすいためです。
消石灰や漆喰は、施工直後だけでなく、長期にわたってアルカリ性を保ちます。これにより、壁面はカビが定着しにくくなり、微生物の活動も抑制されます。結果として、ゴキブリが好む「餌の連鎖」が壁面から消えていきます。重要なのは、これは匂いによる忌避ではなく、生態的に成立しない環境をつくる行為であるという点です。

調湿性とアルカリ性を備えた漆喰は、快適さと清潔感を両立できる壁材です。
また、アルカリ性の壁は湿気を溜め込みにくく、空間全体の湿度安定にも寄与します。床だけでなく壁面の環境が安定することで、空間全体の「居心地」が虫にとって下がります。
無垢フローリングと壁のアルカリ化をセットで考える
壁のアルカリ化は、単体で完結する対策ではありません。
無垢フローリングと組み合わせることで、初めて効果が最大化されます。無垢フローリングは床面の湿度変動を緩和しますが、壁がビニールクロスや化学塗料で覆われていると、湿気は壁側に逃げ場を失い、結果的に床際に溜まります。これはゴキブリの移動経路と完全に一致します。
壁をアルカリ化することで、壁面が湿気を受け止め、再放出する役割を担います。床と壁の双方が「呼吸する素材」になることで、床際の湿度滞留が起こりにくくなります。これは見た目では判断できませんが、長期的には明確な差になります。
ここで重要なのは、部分施工では意味が薄いという点です。アクセントウォール的に一部だけ漆喰にしても、環境条件は変わりません。最低限、床に接する壁面全体がアルカリ側である必要があります。
照明計画で「侵入の動機」を断つ
ゴキブリは光ではなく「明暗差」に反応する
ゴキブリは光に集まる生き物だと思われがちですが、これは正確ではありません。実際に反応しているのは、明るい場所と暗い場所の急激な差です。強い照明を使えば使うほど、影は濃くなり、暗部が生まれます。この暗部こそが、ゴキブリにとっての移動ルートになります。
特に天井からの強い直下照明は、床際や家具裏に深い影を作ります。人間には「明るい部屋」に見えても、床面では明暗差が極端になり、結果的に虫にとって快適な環境を生み出します。照明計画におけるゴキブリ対策とは、明るさの確保ではなく、コントラストを減らすことです。
そのため、今回の計画では「必要最小限の明るさを、分散して配置する」ことを前提としています。
室内照明と外部照明を一体で設計する
照明計画は、室内だけで完結しません。ゴキブリの多くは屋外から侵入します。そのため、外部照明の設計が極めて重要です。建物を強く照らす外灯や、玄関周りを過剰に明るくする照明は、結果的に虫を集める原因になります。
今回の御所アトリエでは、外部照明は足元をぼんやり照らす低照度のソーラーライトのみとし、高い位置から建物を照らす照明は設けません。建物に近づくほど暗くなる構成をつくることで、侵入動機そのものを弱めます。
室内では、間接照明と壁反射を主体にし、床際に強い影を作らないことを重視します。これは意匠的な選択ではなく、生態的な判断です。
後から何もしなくていい状態をつくる
対策の完成形は「思い出さなくていい空間」
ここまで述べてきた無垢フローリング、壁のアルカリ化、照明計画は、それぞれ単体でも効果があります。
しかし本質は、それらを同時に成立させることにあります。湿気を溜めず、隙間を作らず、匂いに頼らず、光で誘導しない。この状態が揃ったとき、ゴキブリは「選ばない」という判断をします。
重要なのは、「虫が出ないこと」を目標にしないことです。目指すべきは、「虫の存在を考えなくていい日常」です。その状態は、対策を続けることで得られるのではなく、最初の設計で決まります。
無垢フローリングは防虫設備として成立する
無垢フローリングは、床材であると同時に、環境制御装置でもあります。壁・光・空気と連動させることで、防虫設備として成立します。これは特別な方法ではなく、素材の性質を正しく使った結果です。
御所市のこのアトリエは、制作の場であると同時に、環境設計の実証実験でもあります。ゴキブリが苦手だからこそ、ここまで考えました。そしてその結果は、快適さや清潔感という形で、確実に返ってきます。
御所アトリエで行うゴキブリ対策まとめ(実装リスト)
床まわり(最重要)
- 無垢フローリングを採用する
- 合板フローリング・クッションフロアは使わない
- フローリング幅は90〜120mmを基本とする
- 極端な幅広材は避け、隙間が出にくい構成にする
- 仕上げは自然オイル仕上げ(ワックスなし)
- 床はベタつかせない前提で設計する
床下・根太構造
- 畳撤去後は根太工法で床を組み、床下地と無垢床の間に空間を確保
- 根太間の空間には基本的に「何も入れない」
- 空間は乾燥・通気を優先する
- 床下地(構造用合板)に消石灰入り塗料を薄く塗る
- 無垢フローリング裏面には何も塗らない
- 香り・粉・吸湿材は入れない
壁・室内環境
- 壁は消石灰・漆喰などアルカリ性の仕上げとする
- 色は白〜オフホワイトを基本とする
- 艶は出さず、マットな質感で仕上げる
- カビが育たない環境を優先する
壁際・取り合い処理
- 巾木を必ず設置する
- 床と壁の取り合いは連続して処理する
- 巾木上下・柱周りの隙間をコーキングして塞ぐ
- 見えない部分も同じ精度で処理する
照明・光の設計
- 天井照明は必要最低限に抑える
- 夜間は間接照明・足元照明を基本とする
- 壁際に影を作らない照明配置にする
- 外部は足元中心のソーラーライトを使う
- 明暗差を極力作らない
家具・使い方
- 床に物を直置きしない
- 家具は脚付き・移動可能なものを選ぶ
- 冷蔵庫・大型家具は裏側も処理対象とする
- 定期的に動かせる前提で配置する
素材選び・部分対策
- 境界部・侵入しやすい場所にヒバなどを部分使用
- アピトンなど樹脂分の多い材は放置せず初期拭き取り
- 匂いに頼る忌避剤・殺虫剤は常設しない
掃除・維持管理
- 日常清掃は乾拭き・軽い水拭き中心
- 月1〜2回、弱アルカリ水で床を拭く
- 酸性洗剤・ワックスは使わない
- ベタつき・ホコリの定着を許さない

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