木のお風呂と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはヒノキ風呂です。しかし木材について少し詳しい人ほど、「なぜ他の木は使われないのか?」という疑問を持ちます。
ウイスキーやワイン樽に使われるオーク、日本酒の樽や建築で身近なスギ、桟橋に使われるハードウッドのウリンやイペ。いずれも「水に強い」と言われる木材です。
それでも浴室や浴槽に使われる木は、ほとんどがヒノキ系(ヒバやマキなどを含む)。この事実には、木の性格と浴室という空間の相性が深く関係しています。
浴室という空間が木材に与える影響
浴室は「濡れるだけ」の場所ではない
浴室は単に水を使う場所ではありません。
木材にとって浴室は、「濡れる」「乾く」「温められる」「触れられる」「洗われる」という行為が、毎日繰り返される非常に特殊な環境です。
屋外のウッドデッキであれば、雨に濡れても自然乾燥するだけです。桟橋であれば、常に水に接している状態が続きます。
しかし浴室では、入浴時に高温のお湯にさらされ、その後急激に乾燥し、さらに人の皮脂や石鹸、洗剤が付着します。
このような環境は、木材にとって水そのものよりもストレスが大きいと言えます。そのため「水に強い木=浴室に向く木」という単純な判断は成り立ちません。
耐久性だけでは判断できない理由
木材選びでよく言われる「耐久性が高い」「腐りにくい」という評価は、使用環境によって意味が変わります。
浴室では、単に腐らないだけでなく、表面の変化が穏やかであること、肌触りが悪くならないこと、見た目の清潔感を保てることが重要になります。

例えば、多少の割れや変色が許容される屋外構造物と違い、浴室では「毎日目に入り、素肌に触れる」という条件が加わります。この違いが、木風呂に使える樹種を大きく限定しているのです。
樽に使われるオークが浴室に向かない理由
オークの強さの正体は「タンニン」
オーク(ナラ)は、ワインやウイスキーの樽材として知られています。
長期間液体を保持できることから、「水に非常に強い木」という印象を持たれがちです。

しかしオークの耐久性の源は、タンニンを多く含むことにあります。タンニンは防腐性が高く、酒の熟成には理想的な成分ですが、浴室では別の問題を引き起こします。
水やお湯に反応して黒ずみやすく、金属と接触すると黒いシミが出やすい。さらに洗剤や石鹸によって色ムラが生じやすく、見た目の清潔感を保つのが難しくなります。
樽と浴室では前提条件が違いすぎる
樽は、基本的に外側に触れることは少なく、中の液体も一定の状態が保たれます。経年変化は「味」として評価され、見た目の変化も問題になりません。一方、浴室は毎日人が触れ、清掃され、視覚的な清潔感が求められます。この違いにより、オークは「耐久性は高いが、浴室では扱いづらい木」という評価になります。
理論上は浴槽を作ることも可能ですが、実用面やメンテナンス性を考えると、現実的な選択肢にはなりにくいのです。
スギがヒノキの代わりにならなかった理由
昔は使われていたスギの浴室利用
スギは日本で最も身近な木材で、軽く加工しやすいという特徴があります。

実際、昔の日本では簡易的な風呂桶や浴室の壁材としてスギが使われていた例もあります。しかし、それは現代のように毎日お湯を張り、頻繁に清掃する生活スタイルとは異なる環境でした。当時は「使い捨てに近い感覚」や、「こまめに削り直す前提」で使われていた側面もあります。
スギが抱える浴室での弱点
スギは水を吸いやすく、柔らかいため、浴室では表面が傷みやすい木材です。
皮脂やブラシの摩擦で表面が荒れやすく、一度カビが発生すると進行も早い傾向があります。換気や乾燥を徹底し、頻繁に手入れをすることが前提であれば使えなくはありませんが、多くの人が求める「長く快適に使える浴室材」という条件には合いにくいのが実情です。
桟橋に使われるウリン・イペが浴室に向かない理由
超高耐久木材にも弱点がある
ウリンやイペは、桟橋や港湾施設、屋外デッキに使われるほど耐久性の高い木材です。海水にさらされても腐りにくく、「最強の木材」と表現されることもあります。

しかしこれらの木は非常に比重が高く、硬いという特徴を持っています。その結果、乾燥収縮が大きく、割れや反りが起こりやすくなる傾向があります。
浴室に求められる「やさしさ」が足りない
屋外構造物では多少の割れや表面の荒れは問題になりません。しかし浴室では、素肌で触れるため、表面の硬さや冷たさが不快に感じられます。また、これらの木材は加工や再研磨が難しく、メンテナンス性も高くありません。「耐え続ける」ことには向いていても、「人が毎日使う場所」には向かない木なのです。
それでもヒノキが残り続けた理由
ヒノキは突出していないが、バランスが良い
ヒノキが特別なのは、何か一つの性能が飛び抜けているからではありません。水への耐性、腐りにくさ、割れにくさ、香り、肌触り。これらすべてが、浴室という空間にとってちょうど良いバランスで備わっています。
さらにヒノキは、表面を削っても中身が同じ無垢材として使われることが多く、汚れや黒ずみが出ても研磨によってリセットできるという特徴があります。
ヒノキは「削りながら使う」ことが前提の木
ヒノキ風呂は新品の状態を保ち続けるものではありません。使いながら表情が変わり、必要に応じて手を入れていく。
そうした付き合い方が、最初から想定されている素材です。この「削って再生できる」という性質こそが、ヒノキが浴室で生き残ってきた最大の理由です。
木のお風呂とメンテナンスという考え方
経年変化は寿命ではなく「合図」
どんなヒノキ風呂でも、長く使えば黒ずみや色ムラ、香りの変化は起こります。それは失敗ではなく、メンテナンスのタイミングを知らせる合図です。
表面を整えることで、清潔感や肌触り、ヒノキらしい香りを取り戻すことができます。この「戻せる」という点が、他の樹種にはない価値です。
ヒノキ風呂は再生できる数少ない木風呂
ムクリペでは、無垢材で作られたヒノキ風呂を対象に、状態を確認したうえで研磨・再生の相談を承っています。削るべきかどうかも含めて判断し、無理な施工は行いません。木のお風呂は、使い捨てるものではなく、付き合い続けるもの。
檜が選ばれてきた理由は、こうした考え方と深く結びついています。
ヒノキ風呂が定番なのは偶然ではない
ヒノキが浴室に向きすぎていただけ
オークには樽という役割があり、スギには建築材としての役割があり、ウリンやイペには屋外構造物という舞台があります。そしてヒノキには、浴室という場所が最もよく似合っていました。木のお風呂の素材選びは、木の性格を知ることで、自然と答えが見えてきます。


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