自然が刻んだ造形美に出会う
オリーブの荒々しい表情
工房に陳列している数々の一枚板。オーやモンキーポッド、パンガパンガのようなアフリカ材から奈良県産の天然ヒノキなど多岐に渡りますが、そんな数ある一枚板の中でもまず目を引くのはオリーブです。
写真の通り、無数の空洞や節、波打つような杢目が広がり、まるで地球の地図を切り取ったかのような迫力があります。オリーブは古代から神聖視されてきた木ですが、その内部には強烈な個性が宿っており、家具材としては扱いが難しい樹種です。
しかし、難しさと同時に圧倒的な美しさを持ち、空洞や割れがまるで自然が彫り込んだ彫刻のように感じられる瞬間があります。

カイヅカイブキの流れる曲線
そしてこちらも目を引く存在感、カイヅカイブキは赤みのある心材と白太のコントラストが美しく、柔らかな曲線を描く杢目が印象的です。
日本庭園の生け垣としておなじみのカイヅカイブキですが、大径木は珍しく、家具用に製材されることは少ない木です。そのため、一枚板として手に入ること自体が希少で、自然が与えてくれた贈り物のように感じます。

レジンテーブルとしての可能性と難しさ
無限に広がる選択肢
これらの板はレジンテーブルの素材として仕入れたものです。レジンを流し込み、穴や割れをデザインに取り込むことで、唯一無二の作品が生まれるはずだと考えました。
しかし実際に目の前にすると、容易には答えが出ません。透明のレジンで木の魅力をそのまま活かすのか、あるいはアンバーやブルーなどのカラーを大胆に加えるのか。無限に広がる選択肢に悩み、試行錯誤を繰り返すことになります。
木の力に試される感覚
オリーブもカイヅカイブキもあまりに個性が強いため、無理にデザインを押し付けるとバランスが崩れてしまいます。まるで「この木の声を聞けるか」と試されているような感覚に陥るのです。
木工に携わる者として、自分の才能や感性の限界を突きつけられる瞬間でもあります。しかし同時に、その葛藤こそがものづくりの楽しさであり、天然木に向き合う醍醐味でもあるのです。

「不便」と「ムダ」を愉しむ価値
欠点こそが魅力に変わる
現代の製品づくりは効率性や均質さが重視されるため、節や割れのある木材は敬遠されがちです。しかしエコロキアでは、そうした「欠点」にこそ可能性を見いだします。
レジンを流し込むことで空洞はデザインの一部となり、割れは作品の味わいに変わります。無駄と思われる部分を愉しむことが、唯一無二の価値を生むのです。
「贅沢」の意味を問い直す
高級で整ったものを持つことが贅沢なのではなく、自然が偶然生み出した複雑な形をそのまま活かすこと。手間がかかり、不便を強いられるからこそ、その木と対話する時間が贅沢になる。これが僕たちエコロキアの考える「不便を楽しみ、ムダを愉しむ贅沢」です。
エクスカリバーを抜くのは誰か
自分の手か、それとも参加者か
正直に言えば、オリーブやカイヅカイブキをどう活かすべきか、僕自身もまだ答えを見つけられていません。もしかすると、その答えを導き出すのは僕ではなく、レジンテーブル制作体験ワークショップに訪れる方かもしれません。
自由な発想と新鮮な感覚で、未来の参加者がまさに「エクスカリバーを引き抜くように」この木の真価を引き出してくれるのではないか。そう思うと、この板たちの未来が楽しみで仕方ありません。
作品との出会いを待つ楽しみ
天然木とレジンは、作り手によってまったく違う表情を見せます。僕が思いつかなかった発想が、誰かの手によって形になるかもしれない。その偶然性と可能性こそ、レジンテーブルの魅力であり、この仕事を続けている理由のひとつでもあります。
木と向き合う贅沢
オリーブもカイヅカイブキも、自然が長い時間をかけて刻んだ造形であり、唯一無二のアートピースです。僕のセンスではまだ手に余ると感じることもありますが、その難しさや不便さを含めて向き合うことこそ、贅沢な経験なのだと思います。
そして、この木材がどんな未来を迎えるのか—自分の手で挑戦するのか、あるいはワークショップの参加者が挑むのか—その出会いを楽しみにしています。

コメント