コラム

御所で重なった出来事を、判断として受け取る。平屋と椎茸と、春のシャクヤク

御所市のさんろくファームで作られた春のシャクヤクを使った果実酒のボトル コラム
いつもお世話になっている、さんろくファームで この春のシャクヤクのお酒ができたということで、購入しました。 御所で過ごす時間が増えるほど、こうして季節のものが自然と身近になります。

御所市で平屋を借りるという判断

移住ではなく「拠点」として関わる選択

今回、御所市で平屋建ての一戸建てを借りる話が進んでいます。ただし、いわゆる移住をする予定はありません。生活の拠点はこれまで通り別にあり、御所は仕事や制作を行うための拠点として関わっていく場所です。

奈良県御所市で借りる予定の平屋建て一戸建て住宅の外観。作業場や土場として使える環境が整っている
御所市でお借りする予定の平屋建て。
移住するつもりはないけれど、仕事の拠点として少しずつ関わっていく場所です。
最初は「借りる家」だったはずが、人との繋がりが増えるたびに、場所の印象も変わっていきます。

地方との関わり方というと、「住むか、住まないか」という二択で語られることが多いですが、実際にはその中間に多くの選択肢があります。定期的に通い、作業をし、人と話し、少しずつ関係を積み重ねていく。御所との関係は、まさにその形に近いものです。
拠点を持つという判断は、単に場所を確保することではなく、その土地と継続的に関わる意思を持つことでもあります。

タイミングが揃ったことをどう捉えるか

僕自身、スピリチュアルな考え方を強く信じているわけではありません。
ただ、人とのご縁や物事が動くタイミングについては、軽視しないようにしています。それは「信じる」というより、「判断材料として見る」という感覚に近いものです。
今、御所で多くの方と良い関係を築けていること、このタイミングで物件をご紹介いただけたこと。それらが同時に重なっている状況を、偶然として片づけることもできますが、冷静に見れば「前に進む条件が整ってきている状態」とも言えます。
流れに身を任せるのではなく、状況を観察し、判断したうえで動く。その姿勢を大切にしています。

家主さんとの会話から生まれた椎茸の原木

頼んだわけではないが、受け取った理由

先日、御所でお借りする予定の平屋を訪ねた際、敷地の一角に切ったばかりのクヌギが置かれているのに気づきました。何に使うのかを家主さんに尋ねると、「しいたけを育てるためだよ」と教えてくれました。
原木での椎茸栽培には以前から少し関心があったため、その話をすると、「それなら少し分けようか」と言ってくださり、結果的にクヌギを分けていただくことになりました。

家主がくぬぎの原木に椎茸の菌床コマ打ちをした様子。原木栽培のために準備された木材
この家の家主さんが、僕のためにくぬぎに椎茸のコマ打ちをしてくれました。
こういう何気ない行為の積み重ねが、「ただの賃貸」ではない関係をつくっていくのだと思います。

家主さんと知り合えたことが、素直にうれしい

この出来事を、特別な意味づけをして語るつもりはありません。
ただ、御所でこの家主さんと知り合えたことは、本当に良かったと思っています。

何かをお願いしたわけでもなく、こちらが構えていたわけでもありません。
日常の会話の中で椎茸の話になり、興味があると伝えたら、「じゃあ少し分けようか」と言ってくださった。それだけのことです。

こうした何気ないやり取りができる関係でいられることが、今の御所での居心地の良さにつながっているように感じます。
特別な出来事ではありませんが、「この人と知り合えてよかったな」と思えること自体が、ここで拠点を持つ理由のひとつになっています。

さんろくファームと、春のシャクヤクのお酒

いつもの場所で季節のものを選ぶという行為

御所でいつも立ち寄っているさんろくファームでは、この春に仕込まれたシャクヤクのお酒ができたと聞き、購入しました。
特別な理由があったわけではありません。その場所に行けば、顔なじみの人がいて、その時期ならではのものが並んでいる。そうした環境が自然と選択につながっただけです。

御所市のさんろくファームで作られた春のシャクヤクを使った果実酒のボトル
いつもお世話になっている、さんろくファームでこの春のシャクヤクのお酒ができたということで、購入しました。
御所で過ごす時間が増えるほど、こうして季節のものが自然と身近になります。

御所との関わりが増えるにつれて、こうした「季節に紐づいたもの」が生活の中に入り込んでくる感覚があります。

土地の時間を意識するようになった理由

シャクヤクのお酒は、その年、その春にしか生まれません。
工業製品のように、いつでも同じものが手に入るわけではないからこそ、その土地の時間がはっきりと感じられます。
御所に通うようになってから、こうした時間の流れを自然と意識するようになりました。これもまた、拠点として関わることで得られる変化のひとつです。

ご縁を「信じる」のではなく「見極める」

関係人口としての現実的な立ち位置

移住しなくても、その土地と深く関わることは可能です。定期的に通い、仕事をし、人と話し、季節のものに触れる。
御所との関係は、まさに「関係人口」としての関わり方に近いものだと感じています。
そこには理想論も、過度な期待もありません。現実的に続けられる距離感だからこそ、関係が長く続くのだと思います。

判断を積み重ねた先にあるもの

今の御所との関係は、感情だけで選んだものではありません。
人との関係、物件の条件、仕事との相性。それらを一つずつ見たうえで、「今は動く価値がある」と判断しています。
居心地の良さは、最初から求めるものではなく、判断を重ねた結果として生まれるものです。

御所との関係は、まだ途中段階

完成形を決めないという選択

平屋の使い方も、御所との関係も、まだ完成形は決めていません。
すべてを一気に整えようとせず、その時々の状況を見ながら形を変えていく。その柔軟さを残しています。

前に進むだけの理由が揃った今

今の段階では、「続けて関わってみる」だけの理由が十分に揃っています。
それ以上でも、それ以下でもありません。
御所で重なっている出来事を、冷静に判断した結果として、少しずつ前に進んでいます。

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